アメリカは林復斎を「厳粛で控えめな人物」と評した。林は、調印に浮かれて満面の笑みで握手などしていない。そんな内容ではなかったからである。 そして嘉永6(1853)年の黒船来航以後、幕府の開国方針や政治手法に反発する勢力が生まれ、やがて発言 ...